2026.07.12
覆面AIアーティストが、ビルボードに入る時代。日本にまだいない理由を考えてみた
執筆: 輪廻タヲ ・ AIを活用した音楽・イラスト・映像作品を制作するコンテンツクリエイター

海外で、ちょっとした異変が起きています。
「顔を出さない、AIで楽曲を作るアーティスト」が、Billboardのチャートに入り始めているのです。
今回は、この現象と、なぜ日本ではまだこのポジションが空いているのかについて考えてみます。
Xania Monetという「AIアーティスト」
その代表格がXania Monetです。
2025年9月、Billboardの「Adult R&Bエアプレイチャート」に入り、AIアーティストとして初のチャートインを果たしました。
作っているのは、ミシシッピ州の詩人・デザイナーであるTelisha “Nikki” Jonesという人物。
自分で書いた詩や歌詞をSunoに入力し、AIと共同で楽曲を作っています。
本人はメディアの前にほとんど姿を見せず、「Xania Monet」というAIペルソナとして活動を続けています。
この活動は、大手レーベルのHallwood Mediaとの契約にまで発展しました。
契約金は数百万ドル規模、入札合戦は最大300万ドルに達したとも報じられています。
Xania Monetだけではありません。
謎のAIブルース歌手「Eddie Dalton」がiTunesチャートに入ったり、「Breaking Rust」という別のAIプロジェクトが、Billboardのカントリー・デジタル・ソング・セールスで2週連続1位を獲得したりと、似たような動きがここ最近立て続けに起きています。
2026年4月には、新たに「IngaRose」というAIアーティストが登場しました。
Sunoで制作した「Celebrate Me」が、アメリカ・イギリス・フランス・ニュージーランド・カナダのiTunesチャートで同時に1位を獲得しています。
TikTokで220万フォロワー、Instagramで23万フォロワーを抱えるなど、SNS上でも急速に支持を広げました。
興味深いのは、IngaRoseがEddie Daltonと同じ制作者による別プロジェクトである可能性が指摘されていることです。
つまり、覆面AIアーティストという手法は、一度成功すれば同じ作者が別のペルソナで繰り返し再現できる段階に入りつつあるということです。
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@TaoRInne をフォローするSuno上には、すでに巨大な競技場がある
こうした動きの背景には、Sunoのようなツールの音楽的な進化があります。
最近のSuno生成曲は、ジャンル感やミックスの質感がかなり作り込まれるようになりました。
それだけでなく、AI音楽を作るクリエイターの母集団自体が、すでにかなり大きくなっています。
FireLitAIというツールでは、Suno上の8万人以上のクリエイターが、フォロワー数や再生数、いいね数でランキング化されています。
「AI音楽クリエイター」という肩書きは、もう誰も見たことのないニッチな存在ではなく、序列化された巨大な競技場の一部になりつつあるということです。
日本では、まだこのポジションが空いている
一方、日本国内で同じように「顔を出さない、AI生成の楽曲だけで活動するアーティスト」を探してみると、これといった存在が見当たりません。
余談ですが、「AI」という名前の日本人歌手がいます。
これはAI生成アーティストではなく、2000年にデビューした実在のシンガーソングライターです。
名前が紛らわしいだけで、今回の話とは全くの別物です。
VTuberアイドルのように、生身の声優が歌う「AIキャラクター」的な存在は日本にもいくつかありますが、Xania Monetのように「楽曲そのものがAI生成で、作者が完全に匿名」というアーティストは、少なくとも大きな知名度を持つ形ではまだ確認できていません。
念のため、もう少し踏み込んで調べてみました。
韓国発のAIビジュアルグループ「MAVE:」はデビュー曲が1700万再生を超えるヒットになりましたが、ボーカルは人間が歌っており、楽曲そのものがAI生成というわけではありません。
Suno製の謎バンド「The Velvet Sundown」がSpotifyで月間75万リスナーを獲得して話題になった例もありますが、これも日本発ではありません。
探せば探すほど、「楽曲そのものがAI生成で、作者が完全に匿名」という条件にぴったり当てはまる日本の成功例は見つかりませんでした。
つまり、海外ではすでに「顔のないAIアーティスト」というポジションで商業的な成功例が生まれているのに、日本ではこの椅子がまだ空いたままだということです。
なぜ、まだ空いているのか
考えられる理由はいくつかあります。
ひとつは、単純に時間差です。
Sunoのようなツールの音楽的なクオリティが「聴くに堪える」レベルを超えたのはごく最近のことで、日本語圏でその変化に気づいて動いている人自体が、まだ少ないのだと思います。
もうひとつは、「AI」という言葉に対する日本特有の距離感です。
AIが作った音楽に対して、まだ懐疑的・批判的な目が強く、正面から「AIアーティストです」と名乗って活動するハードルは、海外よりも高く感じます。
そしてもうひとつ、これは個人的な見立てですが、AI音楽と音楽制作の実務知識の両方を持つ人がまだ少ない、というのもあると思います。
プロンプトを打つだけでは、Xania Monetのような説得力のある作品には届きません。
歌詞・構成・音の質感まで踏み込んで作り込むには、AIの扱い方だけでなく、音楽そのものへの理解も必要になってきます。
おわりに
AIアーティストというカテゴリは、いずれ「ただのAIも使う音楽クリエイター」という括りに溶けていくのだろうと思っています。
でも、今はまだそのカテゴリ自体が新しく、旗を立てやすい過渡期です。
海外ではすでに、その旗を立てた人がBillboardに入り、レーベル契約まで結んでいます。
日本にはまだ、その旗を明確に立てている人がいません。
この空いている椅子に、誰が座るのか。
私自身、AIを使って音楽やイラストを作るアーティストとして活動している身として、この動きは他人事ではないなと感じています。
輪廻タヲ / Rinne Tao
AIを制作に活用するコンテンツクリエイター。音楽、イラスト、映像作品を中心に発信しています。
最新作品やAIに関する考察はXで発信しています。
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